中田捷夫氏と那須霞ヶ城、三十年後の再会
本年、那須霞ヶ城の主要建築が落成三十周年を迎えました。これを記念して、那須霞ヶ城では記念式典を開催し、当時構造設計を担当された技術士・中田捷夫氏をお招きして、設計者への敬意をお伝えいたしました。
この建築は1996年の落成です。大断面構造設計を採用しており、当時としては日本最大の木造商業建築であり、同年のマロニエ建築賞を受賞しました。その完成には多方面の力が集まっています。アメリカの木材、ドイツの金物、台湾の製造工場、そして日本の設計チームの協働であり、中田氏はそのなかで構造設計を担われました。

現在、この建築は香港の投資会社に引き継がれ、変わらずこの森のなかに佇んでいます。
中田氏は、設計者が自ら手がけた建物を再訪することはあまりないと語ります。建築は人の子とは違い、時間はそれを少しずつ老いさせていくだけだからです。しかしこの一棟はずっと心に残っており、今どのような姿になっているのかを知りたかったといいます。三十年を経て再びこの場所に立ち、建物が今も丁寧に維持されている様子を目にした中田氏は、これは多くの人の心が注がれた作品であり、これからも大切に使い続けてほしいと述べました。
式典では、中田氏が当時の建築模型、設計図面、そして長年保管されてきた記念資料を、自らの手で那須霞ヶ城へ引き渡しました。かつて紙の上に描かれた線は、今では目の前の梁と柱になっており、それらの図面もこの日、自らが生み出した建築のもとへ戻ってきました。那須霞ヶ城からは、三十年前のご尽力と今回のご来訪に対して、正式に感謝状を贈呈いたしました。
またこの式典において、この建築は初めて自らの名を持つことになりました。「結(ゆい)」——中田氏ご自身による命名です。「結」には、つながりと出会いの意が込められています。人と人、自然と建築、過去と未来。円と方、新と旧、東と西。もともと別々にあったものが、ここで互いに響き合い、一つになるという意味です。
会場には、当時中田氏とともに働き、この建築の誕生を見守った旧知の方々も多く集まり、来賓代表による挨拶も行われました。下野新聞社那須塩原支局長・佐藤洋氏もご来場になり、式典を最後まで見守るとともに中田氏への取材を行われ、本件はのちに紙面でも報じられました:https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/1370137
式典の翌日、中田氏と事業主会社の代表がともに、この地へ金木犀を二本植えました。金木犀は常緑で、季節ごとに欠かさず香りを届けます。この選択にも思いが込められており、「結」という字に宿るつながりと継承の意を受け継ぐものです。二本を並べて植えたことも、その継承を表しています。
三十年前の中田氏の匠の心に、そしてこのたびわざわざお越しいただき、この名を私たちに託してくださったことに、心より感謝申し上げます。今後も那須霞ヶ城は、この「結」の精神を受け継ぎながら、さまざまな地から訪れるパートナーとの出会いと協働を重ね、より国際的な視野を備えた場へと歩んでまいります。


